MENU

Brand Strategy journal ブランド戦略通信

Webマスターに聞く!

シリーズ3 第3回:本田技研工業株式会社

話し手
本田技研工業株式会社
宣伝販促部ホームページ企画BLブロックリーダー

渡辺 春樹氏
顔写真

エモーショナルなトップページ

そのトップページには、クルマがある。バイクがある。耕運機や除雪機など汎用製品がある。犬がいる。必ずこの4点はセットで描かれている。そして、イラストである。本田技研工業(以下ホンダ)のWebサイトの表玄関は、どの企業とも趣を異にする(【図1】)。

「ホームページの立ち上げ時に(1996年)いろんなサイトを分析すると、最も多かったのが、黒バックのハイテクデザイン。それならばうちは白バックのハイタッチにしようと。さらにエモーショナルな世界を描こうと。そこで、世の中でファンが多いデザインは何かと探したときに、これだと思ったのが、スポーツカーを描かせたら右に出るものはいない、BOW(池田和弘)さんのイラスト。さらに、企業スローガンが“ドリーム”なので、今売っている車種ではなく、過去に人気があり、お客さんと想いが共有できる車種を描いた少し夢のある絵にしようと考えた。これはれっきとしたアート。お客さんのロイヤリティに応じて絵の向こう側に見える想いが異なる複数の掛け言葉の世界であり、無言の中でコミュニケーションができるコンテンツだと思っている」。Webマスターの渡辺春樹氏は、トップページに込められた想いを一気に語る。

フラッシュなどで動くものではない。“動”ではなく“静”であり、初めて訪れるユーザーの中には、物足りなさを感じる人もいるかもしれない。しかし、渡辺氏は「それでいっこうに構わない」という。「トップページに頻繁に、それこそ毎日来てくれるロイヤリティの高いお客さんが、何度見ても飽きないデザインであることが大切」と、言い切る。

企業サイトを巨大メディアにする

渡辺氏によれば、ホンダのWebサイトには4つの目的があるという。1つ目は「集客」である。「企業サイトをメディアにしようという考えで、最終的にはマスメディアと互角に戦えるような大きなもの作りましょうと。トップページの延べ訪問者数は2005年に年間3600万人だったが、これを2010年に5000万人にするのが目標値。今のところ、新聞系Webサイトの3分の1、テレビ系の5分の1の集客力と認識している。ただし、実際は検索で直接各車種等の中のページ(【図2】)に入ってしまう人が半分以上いるので、実数としては倍くらいの訪問者がいる」。

ユニークユーザー数では月間約100万人。ライバル社がクルマが当たるような大々的なキャンペーンで集客力を伸ばしているのを横目に、そういった大型キャンペーン抜きで、毎日の地道なコミュニケーションにより、他社と肩を並べる“数値”を出す。「既に月間100万部の月刊誌に相当する大きなメディアになっている。だから、非常に高価なテレビCMや効果が薄そうな雑誌広告は、この自前のパワーを引き合いに出し、一部の機種で取りやめるとか、もしくは価格交渉の際のブラフに将来使うことになる」。

10億PV/年、メルマガ登録者200万人も視野に

2つ目の目的が「販売促進」である。指標としては、まず、クルマ購入時のWebサイトの貢献度を独自の計算によりはじき出し、管理値としている。現時点では30数%であり、1998年の約18%のほぼ倍くらいとなっている。2010年に50%まで持っていくことが目標であり、「これは、マス、カタログ、販売店など様々なメディア群の中でナンバーワンメディアにしたいという気持ちの表れ」と、渡辺氏は話す。

もう1つの指標が、ユーザーが見たページ数(PV)である。06年の予想値が7億PVであり、これを10年に10億PVまで押し上げるという目標を立てる。数値はフラッシュ抜きのものであり、フラッシュコンテンツが増えている現状に即し、「今後はフラッシュも数えることを検討中」と、渡辺氏は言う。

そして、3つ目の目的は「コミュニティ作り」である。「クルマは7年に1回しか買わないロングレンジの商品。その間お客さんのマインドシェアを向上させ、長い目でブランドロイヤリティを作っていくことを考えている」。これも指標があり、メルマガの登録数とする。06年12月時点では約90万人。2010年に100万人を目標としているが、06年に半年間にわたり広告を打つなどのキャンペーン施策で17万人の新規登録を集めたことから、今後、施策を打てば倍の200万人達成も不可能ではないと見る。「基本的にメルマガ登録者の10%はクルマの購入時にホンダ車を買ってくれる。だから多ければ多いほどいい」。

理想は情報の出入りを一元管理

最後の4つ目が、「ブランディング」だ。ホンダはクルマ、バイク、汎用製品のほか、アシモというロボットも作り、F1にも力を入れている。また企業として広報活動、採用活動、CSRなども進めている。「そうした企業の様々な活動に関する情報を、1つの器の中で、1つの顔で作って、提供していくというのがうちのコンセプト。“Web”はクモの巣という意味だが、そのクモの巣の中心に座るウエッブマスターはコンテンツもメールもアンケートも全て管理し、共通のブランドイメージで発信できる。メディアは分割したらおしまいで、一個の巨大なものを作れば作るほど、その価値は上がり、他メディアとの広告の交渉でも有利になる」と、渡辺氏は説明する。

1つの顔で発信することは、多くの企業が望むことだが、数多くのブランドを抱える大企業ほどかなわなくなるのが現実である。それをホンダが成しえているのは、「組織論を踏まえているから」と、渡辺氏は指摘する。「資金がパワーを生み、パワーがあることで自由度も統合管理も可能になる。だから常に資金が豊富な部署にくっついて仕事をしている。今はそれが宣伝部である」。

もちろん、情報を一元化しているわけだから、仕事量は半端ではない。毎日様々な部署から情報更新の依頼が寄せられ、それらの全てをチェックし、適切に処理しなければならない。一方で、メールやアンケートも膨大である。渡辺氏自身、05年は毎日1000通、年間30万通のメールをチェックした。部内には、毎日無数に書き込まれるアンケートをパトロールして見るスタッフもいる。いずれも返信などが必要なものは即座に対応する。「多くの企業は情報は『出す』だけだと思っているが、インタラクティブだから当然『入り』もある。その出入りをすべて可能な限りチェックしている。これは我々が一人ひとりのお客さんに力が及ぶ限り真面目に対応しようと、それがフェアな道だと考えていることの表れ。それが結局はロイヤリティを高めることにつながると思う」。

コンテンツ作りは自由に

ただし、「統合管理」といっても、各ブランドのコンテンツ作りに対し厳格なルールを強いているわけではない。掲載する情報やページデザインに関しては、むしろ自由度が高い。「商品ごとに個性があっていい。製品ページもコミュニティも採用情報も、全てのコンテンツ群は担当者が好きな形で好きにやったらいいと考えている。それをWeb上に載せる際に最小限のチェックをしたり、ナビゲーションをある程度整えるのが我々の役割である」。

各車種のページは、フラッシュを使っているものもあれば、静止画のものもあり、より詳細な情報やイメージを伝えるためにスペシャルページを用意しているものもある(【図3】)。実に多種多様である。またコミュニティサイトに関しては、さらに個性が際立つ。「クルマ自慢」、「バイク自慢」といった、ユーザーの声を集めたサイトもあれば、Honda関連の知識を問うおたく模試や動画、エンジン音などで構成されたファンサイト、耕運機に関連した野菜作りガイド、クルマと犬を絡めた情報を提供するサイトなど、まさにコンテンツの坩堝である(【図4】)。

「コミュニティは『クルマを売ること』から離れた、ホンダが好き、犬が好き、野菜が好きというロジックであり、“余裕しろ”の部分である。他社でもユーザーズボイスといったコミュニティがあると思うが、どこか商売につながっていているところがある。うちのはそこから離れたほのぼのしたイメージ。ガス抜きの部分である」。

知恵を絞り、ライバル社に勝つ

完成度が高いホンダのWebサイトだが、日々の進化を怠ることはない。05年から1年間かけて、各車種ページのリニューアルを実施している。ポイントは、まず、全車種の画像を製品の特徴が掴みやすいキャッチーな写真に差し替えた。さらに、従来、各車種ごとに、カタログ的なページと詳細なスペシャルページの2つの入口が用意されていたが、ユーザビリティに配慮して、入口を1つに統合した。ただ、後者については、「改善につながったかどうかは疑問が残るところ」と、渡辺氏は言う。「お客さんが迷わなくなったという面では改善といえる。しかし逆に言うと、お客さんが回遊しなくなったので、色んなページに触れる機会が減ったともいえる。カタログページ、スペシャルページともに、アクセスが多い人気のページだったが、それが統合されて人気のページが1つになってしまい、SEOから考えれば、資産価値を減らしてしまったかもしれない」。

もう一つ大きなリニューアルは、土日限定のウィークエンド版のトップページ(【図5】)を新たに制作・導入したことである。「子育て世代が自動車メーカーにとって有望なターゲットなので、その方たちのリピート率を高めるために、子どもと一緒に訪れたくなるようなデザインやコンテンツにした。その結果、訪問者が約5%増えた。子どもにせがまれてアクセスしているという声もあり、狙い通りの展開にもなっている」。だが、一方でロイヤリティの高いユーザーを中心に、「動きがあって重くなった」という否定派も半数くらいに上り「好き嫌いが真っ二つに分かれている状況」という。

今後は、各車種のページを写真の差し替えや入口の統合など「小手先」ではなく、Ajaxの導入など、大掛かりなリニューアルも予定する。「その他にもビックリするようなこともやるかもしれませんが、基本はお客様視点を忘れず、我々は知恵と誠意でがんばりたいと思っています」。比類なき独自路線で最先端をひた走るホンダのサイト。今後も要注目である。

ホンダのWebサイト構築のポイント
  • トップページはロイヤリティの高いユーザーを念頭に、何度見ても飽きないエモーショナルなデザインに
  • 企業サイトをマスメディアと互角に渡り合える巨大メディアに育てる
  • 統一されたブランディングのため、メディアパワーを高めるために、情報の出入りを一元管理
  • 一方で、ブランドサイトやコミュニティサイトの個性を認め、デザインやコンテンツ作りの自由度を供与
  • 他社が思いつかないような驚きのアイディアを企画し、ひるまず、積極果敢に断行



印刷する 印刷する