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第69回:日本にある世界遺産のイメージ調査

1972年の「世界遺産条約」の採択の発端は、ユネスコがアスワンハイダムの建設によってナイル川流域にあったヌビア遺跡を水没の危機から救うためにこの遺跡群を移築し保存した1960年代に遡ります。これ以降、国際社会において歴史的価値のある遺跡や建築物を守ろうという機運が高まりました。世界遺産には文化遺産、自然遺産、文化と自然の両方の価値を兼ね備えた複合遺産の3つの種類があります。現在日本にある世界遺産は18箇所です。また先日、国際的な諮問機関「イコモス」が日本政府に対し、九州・山口に広がる「明治日本の産業革命遺産」について登録勧告を行っており、この6月末から行われる世界遺産委員会で正式に登録審査が行われます。そこで今回は世界遺産についてたずねてみました。

是非行ってみたい世界遺産は屋久島

行ってみたい世界遺産

6割の人が行ってみたいと答えた屋久島は鹿児島県の大隅半島佐多岬南南西約60kmの海上に位置する周囲約130kmのほぼ円形の島です。推定樹齢3000年とされる縄文杉や紀元杉をはじめ、日本の固有植物であるスギのすぐれた生育地です。東アジアの南から北の植物へと、垂直分布として変化する植生が見られ、各地で急激に減少している照葉樹林が原生状態で残されているなど、島には多くの人たちが暮らしていながらすぐれた自然が残されています。

次いで回答の多かった姫路城(兵庫県)は平成5年12月、奈良の法隆寺とともに、日本で初の世界文化遺産となりました。江戸時代初期に建てられた天守や櫓(やぐら)等の主要建築物が良好に保存されています。美的完成度は我が国の木造建築の最高に位置し、当時の日本独自の最新の防衛システムが示され世界的にも他に類のない優れたものであることが評価されたということです。屋久島、知床、小笠原諸島と自然に優れた遺産が上位を占める中、建造物である姫路城が多くの支持を集めました。

姫路城に次いで支持を集めたのは知床半島です。北海道の北東部に位置し、世界中の海域の中で流氷が最も南まで来る海域です。この流氷には豊かな栄養が含まれており、春になると溶け出した栄養と日光で植物プランクトンが大量に増え、それを餌とする動物プランクトンが大繁殖し、さらにそれらを餌とするサケやアザラシ、キツネやヒグマ、オジロワシなどを観察できる貴重な自然環境が残っています。

世界遺産登録がきっかけで初めて知った人が多い白神山地

初めて知った世界遺産

白神山地は、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる広大な山地帯の総称です。人為の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が東アジア最大級の規模で分布しています。多種多様な植物が生育し、高緯度にありながらもツキノワグマ、ニホンザル、クマゲラ、イヌワシ等をはじめ非常に多くの動物が生息しています。

岩手県にある平泉は11~12世紀、仏教に基づく理想世界の実現を目指して造営された政治・行政上の拠点でした。奥州藤原氏により、現世における仏国土(浄土)の象徴的な表現、実体化した理想郷として造営され、日本の他の都市の仏堂や庭園にも影響を与えました。奥州藤原氏三代ゆかりの寺、平安時代の浄土教建築の代表とされる金色堂で有名な中尊寺、また当時は塔が40以上もあり、お坊さんが生活する建物は500以上もあったといわれる毛越寺(もうつうじ)などが構成資産として登録されています。

和歌山、奈良、三重県にまたがる紀伊山地は、神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられてきました。仏教伝来の後は真言密教を始めとする山岳修行の場となりました。神道と仏教の融合と地形や気候、植生などを背景として「熊野三山」、「高野山」、「吉野・大峯」の三つの霊場とそこに至る「参詣道」が生まれました。各地から多くの 人々の訪れる所となり、宗教・文化の発展と交流に大きな影響を及ぼしたとされています。

これらは京都や奈良などに比べそれまでの注目の度合いは必ずしも高いとは言えなかったようで世界遺産登録を機に知った方も少なからずいたようです。

後世に残したいのは屋久島、原爆ドーム

後世に残したい世界遺産

広島にある原爆ドームは1945年に人類史上初めて使用された核兵器の傷あとを伝える建造物であり、被爆当時の惨状を残す姿がノーモア・ヒロシマの象徴として、時代を越えて核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ訴えるシンボルになっています。

世界遺産として登録されるためには自国が暫定リストを作り、その中から条件にあったものをユネスコに推薦し、審査が行われることになっています。原爆ドームの世界遺産登録に対する要望書が広島市から国へ提出された当時、国は「世界遺産として国が推薦するためには、文化財の場合は文化財保護法の保護を受けていることが前提で、原爆ドームは、その保護を受けておらず、また文化財指定については、当時史跡の指定は明治中期までであり、原爆ドームは歴史が浅すぎる」という見解を示したそうです。こうした中で市民団体から国会請願のための全国的な署名運動が始まり、参議院にて世界遺産リストに登録推薦する請願が採択されたとのことです。

こうして登録された原爆ドームは人類の「負」の行為に対する戒めや願いがこめられ、その役割をはたすための「負の世界遺産」とも言われています。

日本の誇りだと思う世界遺産は屋久島、姫路城、白川郷・五箇山の合掌造り集落

日本(地元)の誇りだと思う世界遺産

続いて日本(人に寄っては地元ということもありますね)の誇りだと思う世界遺産についてです。屋久島、姫路城とともに多く支持されたのは白川郷・五箇山の合掌造り集落 (岐阜、富山)です。

白川郷(岐阜県大野郡白川村)と五箇山(富山県南砺市)はそれぞれ庄川流域の地名です。江戸時代、住民の多くは農耕のほかに山林樹木の伐採・搬出や養蚕を生業としてきました。「合掌造り」とは、急傾斜の切妻造り・茅葺きの民家のことです。1階は広い居室、2階から上(3~5階)は屋根裏で寝室や養蚕の作業が行われる場所となっています。村には「結」と呼ばれる住民の相互扶助組織があり、1階は大工の手で造られましたが屋根を構成する合掌部分は村人が自分たちで作り、現在でも屋根の蓑替えなどの家屋維持は共同で行っているそうです。

合掌造り家屋は、最も発達した合理的な民家形式の一つであると評価されています。

もっと知りたくなった世界遺産には自然遺産が多数

もっと知りたくなったと思う世界遺産

世界遺産登録をきっかけにもっと知りたくなったものでは屋久島、知床、小笠原諸島、白神山地と自然遺産が上位に並びました。

小笠原諸島は東京から南に約1,000㎞離れた太平洋上に位置し、父島列島、母島列島を中心に30余の島々で構成されています。沖ノ鳥島は日本最南端、南鳥島は最東端に位置しています。小さい島々でありながら、一度も陸続きになったことがないため、生物は競争相手も少く、それぞれの場所で生活しやすい形へと進化しました。そのため現在では多くの固有種が見られるそうです。特に陸産貝類(カタツムリの仲間)や植物において、進化の過程がわかる貴重な証拠が残されていることが高く評価されています。

数々の自然遺産に次いで支持が多かったのは富岡製糸場と絹産業遺産群 (群馬)です。群馬県富岡市の富岡製糸場、および伊勢崎市、藤岡市、下仁田町の2市1町に点在する養蚕関連の文化財によって構成される世界遺産です。日本初の本格的な器械製糸工場として誕生し、建物や設備は西洋と日本の技術を融合してつくられました。近代的な器械製糸の方法を国内各地に伝え、また、良質で安価な生糸を広く世界市場へ供給し日本の近代化と国際化を促しました。

この技術革新は、製糸技術の革新と、原料となる良質な繭の増産を支えた養蚕技術の革新の双方が相まって成し遂げられたと言われています。

多くの世界遺産は授業で教わったりして見聞きする機会があったと思います。しかし世界遺産登録をきっかけにこれらの意義やすばらしさについて認識を新たにすることは少なくないものと思います。

調査概要

全国20歳以上男女のインターネットユーザーから回答を得た

サンプル数 100
調査期間 2015年5月20日~5月21日
調査方法・内容 日本にある世界遺産(知床 (北海道)/白神山地 (青森、秋田)/平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群 (岩手)/富岡製糸場と絹産業遺産群 (群馬)/小笠原諸島 (東京)/白川郷・五箇山の合掌造り集落 (岐阜、富山) /紀伊山地の霊場と参詣道(通称:熊野古道) (和歌山、奈良、三重)/姫路城 (兵庫)/原爆ドーム (広島)/屋久島 (鹿児島)に対し、5つのイメージ項目(是非行ってみたい。/(世界遺産に登録されたことで)初めて知った。/後世に残したい。/日本(地元)の誇りだ。/(世界遺産に登録されたことで)もっと知りたくなった。)の中から複数回答式で回答を得た。
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