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シリーズ1 第7回:株式会社新生銀行

話し手 野北まどか氏(新生銀行 マスリテールバンキング部 部長)
山崎仁氏(新生銀行 マスリテールバンキング部 次長)

ミッションは“セールスへの貢献”

トップページ

【図1】トップページ

新生銀行のWebサイトが、都銀や地銀など他行のサイトと決定的に違う部分がある。それは運営する上で顧客ニーズに応えるコンテンツを充実させ、最終的に口座獲得や商品販売につなげることを最も重視していることだ。他行のほとんどが、振込みや住所変更などの諸手続きをネットに移行し、「コスト削減」を実現するためのツールとして捉えている中、新生銀行は「セールス」のためのツールとして活用しているのだ。サイトの制作・運営を指揮するマスリテールバンキング部部長の野北まどか氏は「インターネットバンキングをコストセンターではなくプロフィットセンターにするために、そして最終的にセールスに貢献するために何をするかがサイトの最大のミッション」と断言する。 その理由は至って明快だ。新生銀行は他行に比べてリアルの店舗数が圧倒的に少ない。従って、顧客の多くは窓口に足を運ぶ代わりに、サイトにアクセスして取引するわけで、他行に比べてアクセス全体に占める割合が圧倒的に大きい。それに加えて、外資が資本参加していることもあり、必然的にサービスレベルだけでなく、収益性に対してもシビアな目が向けられるのだ。 収益をどう増やすか。新生銀行のリニューアルの歴史は、まさにこの至上命題との戦い歴史といえよう。今からちょうど4年前。旧日本長期信用銀行が新生銀行に生まれ変わってから1年後の2001年6月、旧長銀から受け継いだ法人営業に加えてリテール業務が新たにスタートし、それに合わせてリテール向けサイトも新たに構築した。その後、会社の成長とともにサイトに求められる役割も変化し、現在に至るまで3度のリニューアルをしている。 はじめは、シンプルでスマートな雰囲気を持つ洗練された外見で、新しい銀行のブランドイメージを伝えることには成功したが、次第に顧客ニーズがどこにあるかキャッチしていった。「サービスの内容やメリットがよくわからない」、「キャンペーンが展開されていない」、「オンラインでの口座開設のしかたがわかりにくい」など問題点が顕在化。また、リテール向けサイトは企業情報サイトの下の階層にぶら下がるサブサイト扱いであり、アクセシビリティの悪さもネット上のリテール強化には大きなネックとなっていた。

“口座開設”一点にフォーカス

そのため、2002年6月、初のリニューアルを断行。新しい銀行の新しいサービスのよさを理解してもらうには、まずは口座を開いてそれを実感してもらう必要があるということで、「今までのイメージ重視路線からガラリと変えて、『口座開設につながるサイト』にしようと決め、実現する上で障害となる問題の芽を一つひとつ摘んでいった」と、マスリテールバンキング部次長の山崎仁氏は当時を振り返る。 まずは、コンテンツ部分にメスを入れる。「ネット振込みもATMも0円」、「すべての取引は口座開設から始まる」といったストレートなキャッチコピーを目立つように配列。その文言に続いて、「はじめてのお客さまへ」というボタンを配置し、そこをクリックすれば新生銀行のサービスを簡単に理解できるようなコンテンツも設けた。そして、その横には口座開設ボタンを配置し、口座開設までの流れをスムーズに。口座を開くとプレゼントがもらえるなどのキャンペーンも大々的に展開するなど、顧客の心に訴え口座開設に繋げるためのあらゆる試みを実行した。 さらに、アクセシビリティ改善策として、企業情報サイトとリテール向けサイトの序列を入れ替える外科的手術も断行。新生銀行のトップページ=リテール向けサイトとなり、顧客がアクセスすれば、すぐに口座開設に導けるように、内容も構造も見直したのである。 結果はすぐに現れた。以前はネット経由の口座開設申し込みが一桁という非常に寂しい日もあったそうだが、リニューアル後は100件の大台を超える日も珍しくなくなったと山崎氏は当時を振り返る。

「読み物として面白く」がコンテンツの基本

読み応えのあるコンテンツ

【図2】読み応えのあるコンテンツ

第一歩として集客システムを構築した新生銀行だが、一息つく間もなく、次のステージに進む。それは、言うまでもなく、口座開設をした顧客に商品を販売していくための「セールスの強化」である。2003年6月、そうした方向性のもと、今度は、口座開設重視からガラリとテーマを変えて、既に口座を開設している顧客に対して商品を紹介するコンテンツを展開するために、再びリニューアルを実施したのだ。 中央のスペースは、口座開設ボタンから、円定期や外貨預金、投資信託など具体的な商品情報にモデルチェンジ。その引き立て役として、為替レートや株価のグラフをページ右側に配した。また、レポート、ケーススタディ、コラム、商品人気ランキングなど見応え・読み応えのあるコンテンツも多数ラインナップ。金融商品に対する知識や興味が薄い顧客の関心を少しでも喚起させるようなトリガーを、そこかしこに仕掛けたのだ。 また、メールマガジンも積極的に活用。基本的にはキャンペーンの告知がメインだが、新生銀行では2つの工夫を加えた。ひとつは、読ませるための一ひねり。「単なるキャンペーン告知と見られれば読まれずに終わる。そこで、ファイナンシャルプランナーの解説を入れるなど読み物として面白くすることに非常に力を入れている。そうしないと飽きられる」(野北氏) さらに、顧客の保有商品に応じてセグメントし、タイムリーに情報を提供。短期的なマーケットの動きにも敏感な外貨定期預金保有者には、週1回の頻度でマーケットのトピックや外貨関連情報を届けている。そして、今年からは定期的にワンクリックアンケートを実施。「相場がどうなるか」、「これから面白い国はどこか」といった質問を投げかけ、集計結果を公表するというもので、人気を博しているという。一方、長期保有を目的とした投資信託保有者には、月一度のメールで対応。インド、中国など新興国の市場の話題を盛り込むなど顧客ニーズに応じた対応を図っている。 結果として、セールスの取引件数はネットがリアルの店舗を超えるまでになった。金額的にはリアルにまだまだ及ばないが、一度利用した顧客がリピーターとなり、取引件数や金額を増やすことで、今後、この差は徐々に詰まっていくことだろう。

顧客別にサイトを分ける

はじめてのお客さまトップ

【図3】はじめてのお客さまトップ

ただし、しばらくすると、既存顧客向けコンテンツを充実させたことによる副作用も出始めた。トップページから、いきなり専門的な用語、グラフ、コンテンツが並べられているという状態になり、初めて訪れた顧客にとっては難解すぎたり、必要な情報が探しにくいサイトになってしまったのだ。一方で、コンテンツが次々と更新される中、新規顧客と既存顧客向けの情報が同居しているためスペースが不足。残しておきたい有用な専門情報も削除せざるを得なくなるなど、既存顧客にも悪影響を及ぼし始めていた。 そこで、交通整理のためのリニューアルを2005年1月に実施。トップページを玄関ページと位置付け、そこから新規顧客向けトップページと既存顧客向けトップページに振り分けるような構造を新たに取り入れた。このリニューアルにより、一方のサイトで新規口座を獲得し、他方で商品を販売するという、収益拡大のための理想的なフローが出来上がったのである。

次のチャレンジは50代

今後の戦略の大きな目玉は、顧客層の拡大だ。従来までは、ネットショッピングへの抵抗感が少なく、金融商品への感度が比較的高い30代をターゲットに、30代の新生銀行スタッフが“同じ目線”でサイト作りを進めてきた。しかし、より収益力を高めるためには、資金的に余裕があるその上の年齢層へのアプローチも不可欠となる。野北氏は、「今、狙いを定めているのは50代。その中でも仕事でネットやメールを使ってきた方たち。自分の世代が認めたものには共感し、それが口コミで広がるのが特徴」と指摘。一度、火が付けば、瞬く間に広がるポテンシャルを持つ非常に有望な世代というわけだ。「次のチャレンジとしてその世代に合わせたサイトも作っていきたい」(野北氏)「今年のテーマ」として取り組んでいく方針だ。 「見本がない中、正直全部手探りで進めてきた」(山崎氏)という新生銀行のサイト。従来の銀行のサイトでは考えられなかった分野にも積極的に取り組み、取扱商品数を増やしてきた。これからもこの姿勢を変えず、「一般のお客様が楽しく分かりやすく取引できるようなサイトを目指す」と野北氏は意気込む。 最後に、「目標とするサイトはあるか」と聞くと、野北氏は少し考えて「アマゾン」と答えた。レコメンデーションあり、各商品にカスタマーレビューあり、「その商品を買った人が購入したその他の商品の紹介」といった顧客が自分のニーズにあった商品を探しやすくする仕掛けもあるショッピングポータルの“大成功例”が頭の中には描かれている。「金融版アマゾン」が実現するか、今後の行方を見守っていきたい。

新生銀行による、Web価値増大のための改良ポイント
  • 「セールスへの貢献」というミッション実現のために、最初は「口座開設」に焦点をあてる
  • 集客システム構築後は「セールス強化」を主軸に
  • 読み物として面白いコンテンツを充実させ、顧客の金融情報ニーズに対応
  • 全体として“楽しく”、“分かりやすい”サイト作りが目標